共生社会ホストタウン『心のバリアフリーを考える』
①インタビュー 〜 共生社会の実現に向けて 〜

Entrevista
インタビュー

車いすバスケットボールプレイヤー/クライマー 大内秀之さんインタビュー

2020年11月のインターネット交流イベントでは、車いすバスケットボール体験コーナーの講師やコロンビア 車いすバスケットボールチーム代表とのインターネット交流の司会を務めていただいた大内秀之さんに、車いすを使用する立場として思うこと、また目指すべき共生社会についてお話をお聞きしました。

インタビュー写真
1979年 兵庫県伊丹市生まれ。一般社団法人フォースタート理事長。
車いすバスケットボール選手であると同時に、パラクライミングでは世界2位の実力者。

例えば誰かと外食に行ったときに、お店の人が「どっちの席がいいですか」「カウンターがいいですか」「テーブルがいいですか」といったことを、一緒にいる人があたかも支援者であるような感じで聞くっていうのがまず一番障害者に対して人として扱っていない、お客さんとして扱ってない行為なのかなっていうのが一番寂しいですね。
初めて障害者が来たりとかしたら、やっぱりビビる、たじろいでしまうのが当たり前なので。車いすの場合は、ただ単にちょっと幅が広くて、背丈がなくて、通るのにちょっと横歩きできないお客さんなだけで、他のお客さんと何も変わらないので、そうした目線になるのが一番大事なんだと思いますけどね。そんな難しく考えんと、っていうのが一番難しんですけど。
スペースであったり、幅であったり、お店の設計上であったり、困りはしますけど、自分はそこに行きたいってところを表明すると基本的に皆さん、世間の皆さんというか障害のない皆さんは、障害のある人と接したことのない人でもわかるんじゃないかなと思うんですけどね。だから、困ることはあってもどう解消するかっていう、そのために自分は障害者で何ができなくて何に困ってるっていうのを明確に伝えることが大事なのかなと思いますね。

インタビュー写真

どうしようと考えるのが一番大事

障害者って言っても車いすだけじゃないよな、手がない人がいたらどうしようとか視覚障害、聴覚障害の人たちがいたらどうしようかなって考えることが一番大事なのかなって思いますね。考えもせずに、考えてもないときに急に来られると対応できないですし、例えば聴覚障害の人と、語弊があるかもしれないですけど外国人って似ているところがあると思うんですよ。
例えばお店だと「はい、何にしましょう」ってときに一番困るわけじゃないですか。でもそこで、じゃあ外国人を排除しているかっていうと、してないところのほうが多いと思うんですよね。
それじゃあどうやって対応しているのかというと指差しとか、何かボディランゲージとかで一生懸命やってるわけじゃないですか。僕は聴覚障害の人は見た目でわかりづらいですけどそれと同じような感覚でもっと外国人と対応するんやぐらいの雰囲気でやったらいいんじゃないですかって思います。

知らないことが一番の差別だと思うんですよ。知るきっかけをアートであったり、バスケットボールであったりクライミングっていうものを使って僕は世の中に展開していこうかなと思ってるんです。ただ僕のことだけを知ったから障害者を知ったっていうことにはならないかなって思うんですよ。車いすだけじゃないじゃないですか障害者って。でも僕を通して”大内さんは車いすだな。目の見えない人ってクライミングできるのかなとか、耳の聞こえない人と一緒にバスケってできるんかなとか、知的障害の人と一緒にアートをするってどうしたらいいのかな”とかって、考えるきっかけづくりを僕は担っていると思うので、見た目もわかりやすい障害者なのでそういったことで自分の得意なところを使っていろんな特徴がある人がいることを伝えて行けたらと思っています。

何ができるか、何ができないか

やはりお店の人とか、向かい合う人がどこまでできるかっていうのをこっちが知ることが大事なのかな。こっちが何ができないっていうことを伝えることも大事なのかなって思います。その上で、障害のある人に伝えたいのは一回で諦めてほしくないということですね。例えば、視覚障害の方が外食にやってきても、出てきたものに対してなんのメニューかも言ってくれないし、どこに置いたかも言ってくれないし、水がどこにあるか、フォークや箸がどこにあるかもわからない。最初はなかなか上手くいかないと思うんですけど。2回くらい3回くらい行きだすと向こうもわかってくるじゃないですか。そこでお互いのコミュニケーション、言葉であったり、言葉じゃないコミュニケーションが生まれていって、どんどんどんどん行きやすくなってくるんじゃないかなって。
障害があるが故に行きにくいとかやりにくいとかたくさんあります。やっぱりそれをどうにかせなあかんっていろんな人が、僕のような身体障害でいったら町中にエレベーターをつけていただいたりとか、エスカレーター上がったりとか、点字ブロックがすごい設置されていたりとか耳が聞こえない人用にサイレンがわかりやすいように光ったりとかっていろんな工夫はすごいされているとは思うんですけど。それに周りのそれを使う人とか周りで過ごしている人の意識がついていけてないっていうのが現状にあると思います。

他の人の当たり前はちょっと違うのかもな、と思える心の余裕が豊かな社会をつくる

普通に暮らしてる人も隣にはいろんな人がいる。いていいんだって。自分の当たり前と隣にいる人、目の前にいる人の当たり前はちょっと違うのかもしれないっていう心の余裕さえあれば暮らしやすい街になっていくと思うので。
お互い諦めない、変なプライドは捨てて、足悪くても楽しいからその人といる、目が見えなくても一緒に遊んだらめっちゃ面白いな、っていうのを見つけていく。そういうところから、それを見ているちっちゃい子とか周りの人ももっと豊かになっていくと思うので、誰もが諦めない社会を楽しく笑顔で明るく作っていくことが我々社会人、大人の責任なのかなって思いますね。

インタビュー写真
TOP